ここでは自由に想ったことを雑記しているだけです。
愛
もうやめたほうがいい。
直感で感じた方がいい。
あなたたちは、何を守るために人間として、生まれたのか?
もうやめたほうがいい。
答えは、1つしかないんだから。
直観
今週は久しぶりに直接事業者と接する機会があった。その事業者は学習塾の先生なのだが、「その子が志望する高校に合格するかは、点数だけでは測れない、何かがある」と言っていた。
そして、実際にその直感を信じた生徒は合格している。
経験からくる直観。これは理屈では表せないと思っているが、私の答えは少し違う。おそらく、答えは【人間としての理】だと思う。
【人間の理】とは【信じる思い】だと思う。「あなたを信じる、そして自分を信じる。」だから、いつもと違う力が出る。それらを引き出せる人、導く人は共通して、直観力という特殊能力値が高くなると考える。
人を導く存在、それは一人でも師事してくれる人がいるなら、その人には直観という、人間の理の力を持つことになる。
疲弊した体に、温かい水を口に含みながら、静寂を感じる朝。
怒り
私には昔からなんとも言い難い怒りという魔人が住み着いている。
都合のいい言葉や目先の損得をちらつかせ、多くの人を崖の方向へ誘う存在が日本という巨大な組織には根付いている。
何十年も続く自由で不平等な世界は今さらなる格差を生んだ。もう限界を突破した。
動くしかないとわかりつつも動けない人は多い。
でも、もう待っていては、食い物にされるだけだ。
言葉ではたいそうなことを言っていても、全く行動が異なる人間たちに操られ、ボロボロにされて、気づいた時には憤死同然の状態だ。
もう期待するのはやめよう。
この日本という巨大な矛盾した組織が作ったシステムに期待せず、自分を磨こう。
そして、近くの大事な人たちだけでも、助け、その人たちがまた近くの人たちを助ける社会を目指して欲しい。
強張った肉体と憔悴した精神にいら立ちを覚える呼吸の浅い朝。
やさしい目
鏡を見ていますか?
鏡を見ること。そこに移るあなたの【目】は、あなたが望む【目】になっていますか?
あなたの嫌いな人といっしょの【目】になっていませんか?
もしそんな【目】に気づいたら、一端その場を離れましょう。少し長いかもしれないし、疲れるけど、5~6時間くらい山や海で、自然や空をみましょう。
そうです。あなたが小さい頃、夢中で遊んでいた、その心を心の目で感じましょう。
今、【目】が曇っている人。特に自分の力に酔いしれて、相手をさげすむ目を持つ人。もし後戻りができないと思っているなら、それは違う。断じて違います。
あなたが死ぬ時に、後悔が残らないように。閉じている心の目を数十年ぶりに開いてみませんか?
あなたが死ぬ間際、綺麗な目をしていて欲しい。
肌寒くなり始めた空気を感じながら、人の儚さを、父の誕生日だったこの日に感じる朝。
サイト立ち上げ1年
今日で、このサイト立ち上げからちょうど1年である。
有料でサーバとドメインを購入して、きちんとサイトを立ち上げることも、今はYouTubeで懇切丁寧に解説している。そう。誰でも自分のサイトを持つことは、そう難しいことではないのだ。
具体的な経費としては、サーバ代が年間14,520円、ドメイン代が2,090円の合計16,610円、月にすると1,385円程度だ。その他にワードプレスにソフトを入れたので、初期費用で30,000円程度かかった。
もちろん無料のブログサイトもあるのだが、デメリットとして、そのサイトがなくなれば閉鎖になるし、広告料が入らない。
広告機能については、5月に新たに実装した。Googleアドセンスと、各種アフィリエイト提携。ワンクリック1円くらいにならないため、サイト運営だけでは、なかなか厳しいが、このサイトを中心に質問や仲間も増えたので、現実世界との相乗効果が今後も見込まれる。
アクセス解析にはグーグルアナリティクスを活用。恥ずかしながら、イベント数をPV数と勘違いしており、月間1万PVを超えたと思っていた。よく機能は勉強すべきだと反省。実際は一日100~120PVくらいなので、月間3,000PV程度だ。
冷静に考えると、1年経って記事数がまだまだ少ない。最低でもまずは100記事を目指すこととし、少し方針を変更。私のサイト記事は1記事が1万文字を超えていたので、小分けに作成し、まとまった時に、まとめ版を作ることにした。
サイト構成は試行錯誤があったが、1次試験対策・養成課程を中心に、診断士として特集を組むことに。国や県に近い仕事をしている私の状況でしか発信できないネタもあるので、今後も執筆をしていく予定だ。
あとは週2回程度は個人的な趣味記事を掲載。堅苦しい話ばかりだと飽きるだろう。
とにかく1年間は試行錯誤で、なかなか記事が進まなかったが、2年目はどんどん記事を書いて行こうと思う。
まずは行動。読者の皆に支えられながら、少しでも役に立つ記事を発信していきたい。
10月1日、夏の蒸し暑さが残る異常な秋のはじまり。
人生劇場
「父ちゃん、アモングアスしよー」
と小学校5年生の娘から言われ、夏休みに登録した。毎週土曜日に、娘と娘の友達とこのゲームをしている。元々、私はゲームが下手なのだが、それを差し引いても、今の子たちはゲーム慣れしていて強敵である。
ただ、びっくりしたのはそこではない。このゲームはチャット機能があり、みんなと会話ができるのだが、娘や、その周りの子たちも普通に素早く会話、つまり入力ができているのだ。
「私は、○○だと思う。」
日常で接している娘の子どもらしい会話からは想像できないような、会話のキャッチボール。また、周りもきちんとコミュニケーションができているのだ。
娘の授業参観では、娘は周りとなじめず、会話も上手くできていなかった。このギャップに安心するとともに、「子どもは子どもを演じている」ことに気づく。
大人、特に親はそうなのかもしれない。子どもを子どもとしてしか見ていない。ネットという世界だが、ここでは子どもではなく、きちんとした社会性をもって生きている。
親もそう。親を演じている。人間はその立場、その立場でたくさんの役を演じているのだ。逆に言うのであれば、その演じている役を、その人の本質として決めつけないことが重要なのかもしれない。
そんなことを考えながら、秋雨が始まった、早く家族のもとに帰りたいと願う、少し憂鬱な朝。
賢人と愚者
今、足を痛めている。アキレス腱の慢性的な炎症のようだ。
東京に来て、歩く距離が毎日長いことに加えて、九州にない山に感動を覚えて、年甲斐もなく無視して、登ったことが原因のようだ。
近くの古本屋で10冊、本を購入して、体を休めていたため、歩くのに問題がない程度まで回復してきた。
バルタザール
「賢人の知恵」という本に出合った。今まで、ニーチェ、ブッタ、吉田松陰など、多くの賢人から学んだが、バルタザールの内容は少し違う。
思想や志に対し、バルタザールの本は至ってリアルだ。厳しい現実が、その内容にはある。とてもストレートだ。だから、すっと入ってくる。
「お前に、世の中の厳しさを教えてやれなかったのは残念だ」
と、父が他界する前に私に言ったことが印象的だった。父も戦後の時代、苦労した人間だ。頭が良かった分、白いキャンバスは黒く染まった部分もあっただろう。
最近は、言葉や文字ではなかなか表現できないが、父の「世の中の厳しさ」が少し理解できる気がする。そして、その中で母のような、お人好しで、優しく、明るい儚い人のことを思う。
賢人と愚者、人とヒト、愚者のような賢人になることが重要なことだと、少し涼しい朝のベランダで、空を仰ぐ。
代償
私は一方的にキレて、大声で恫喝する人間が大嫌いだ。
人間の世界なのだから、間違いは当然起きる。その間違いを根拠もなしに、一方的に感情的に我を通すことは、せいぜい自分の小さな世界でしかまかりとおらない現実を知らねばならない。動物と同じ行為を行った以上、機会が二度と訪れることはないだろう。
「怒りの蛇を、口から出すのは下等の人間。歯を食いしばって、口から出さないのが中等。胸に蛇は狂っていても、顔に表さないのが上等の人間である。」
普段はすぐに水に流す私だが、穏やかな水の中を狂った蛇が泳ぐ。
蛇が陸地に上がり、巣に戻るときに出来た砂の道が、風化されるまで時間がかかりそうである。
それとともに、10代から20代の動物のような自分を思い出し恥じる。
年齢があがり、管理する立場を任されれば任されるほどに、怒りを管理できなければ、取り返しのつかないことになると、反面教師として、今回は心に染みるほどに自学となる。
動物と成り下がった人間の代償は大きいと、迷いのない残酷な心を憂う暗い雲のかかる日曜日の朝。
2023 お盆
私は夏が嫌いだ。
理由は、この時期に大切な人たちを亡くしているから。
8月15日が父の命日。8月17日が母の命日。
私の世界は父と母と私の世界が長かった。あと犬か。
10年~13年前に、その世界は短期間で崩壊した。まさしく、人生の1つの底だった。その時は大きな事故にも遭い、会社も辞めた。
人は儚い。絶望で死を考えた。本当に死のうと思った人間でなければ、自分で命を絶とうとする人間の気持ちはわからない。
しかし、私には「新しい家族」ができていた。家族が私の命をつなぎとめた。
「死なんですんだね!家族に感謝せなんたい!」
私の尊敬する女性が私に放った言葉は今でも心に深く刻まれている。
誰かのために生きる理由があった。私にとって家族は「命の恩人」だと悟った。
あれから、もう10年以上が経つ。人生はこうも変わるものか、とつくづく思う。
私は夏が嫌いだ。
東京の小さなアパートのベランダから、空を拝む、まだ暑さの絶えない夏の朝。
2023 夏休み
今年は父の十三回忌である。時が経つのは早く、あの時から人生は大きく変わったとも思う。
子どもたちと、墓掃除をし、花と、父の好きだった「サッポロ黒ラベル」を供え、手を合わせる。
なぜだろうか?
・・・もう、ここにはいない気がした。
私は、遠くの空を見て感じる。人は、その人を忘れなければ、ずっと存在し続ける。
私もまたそう。子どもたちも、そのまたその子どもたちもそう。
逆に虚しくも感じるこの人間と言う小さな箱。
すべては虚構であるが、素晴らしい箱でもある。
でも今は、目の前に映るものだけは真実だと感じることができる。
穏やかな夏休みだった。
お父さん、私は少し大人になれたのかもしれません。
左利きの練習
今週から左手で綺麗に文字が書けないか練習をしている。もちろん、もとももと右利きだ。
理由は、13年前に交通事故に遭ったときに右半身が一時期麻痺した経験があって、右側が以前のようにうまく動かないからだ。
体を鍛えることで、見た目や生活に支障がないレベルにまでこの10年で再現できた。しかし右「手」は天気の悪い日などはいまだに調子が悪い。
今年からは少し発想を変えた。まずは「マウス」。これは両利き用が安く販売されているので、今は左手で使用をしている。職場がフリーアドレスなので、右手、左手どちらも使えると生産性の向上につながることがわかった。
次に箸の使用。これは意外に早くできた。右手を活用するほど早くはないが、食事もゆっくりにすることができるので、早食いが避けられるメリットがあった。
そして、文字。これがやはり難しい。日本語は、直線でなりたっていない文字がほとんどであり、苦戦。しかし、徐々に上手くなっていっていることは間違いない。不思議な感動さえ覚える。
今ままでの普通を変えること、普段のことでも右と左を変えるだけで得られる。
しかし、何事も一歩踏み出すことが誰もできない。そこに大きな壁がある。
ただこの40数年いろいろな遠回りの経験をしてきて思うのだが、単純に一歩踏み出すより、目的をもって一歩踏み出すことが良い。
なぜ左手を使うのか→右手が使えなくなったときに左手でご飯を食べたり、文字を書くことで生活ができる。
なぜ資格をとるのか→実務で活用して、誰かに教える立場になるため
何事も意味を考えることが重要なんだが、私もそう。人間は遠回りをしたがる。
世の中にはたくさんの本がある。これらの本をたくさん読むことで、自分に合った思想をみつけ、より効率的な人生を歩むことも重要なのかもしれない。もちろん私みたいにめんどくさいが自分の考えを確立していく方法もあるが。
あなたちの周りに両利きの人間は何人いますか?
それだけで、レアリティや話題になるのではないだろうか?
愛犬モカ
7月5日、朝起きると妻からラインが1通きていた。とても嫌な予感と、なぜかもうすでに感じていたこと。
「モカちゃんが朝起きたら、天国に旅立ってました。病院から戻って、安心したんだろうね。」
2歳と10カ月。たくさん愛してくれた家族の君へ。
東京から帰省すると、君は本当に眠ったままの状態で死んでいた。死後硬直もしていない。目を覚ましそうなくらい。本当に朝方まで生きていたんだね。とても安らかな顔。
(ありがとう)
君と家族に感謝する。
それから、ペットの葬儀場へ向かう。あっというまに、時間が経つ。
5月のゴールデンウイークの時はまだ、まるまるしていて元気だった君。病気になってから、わずか1カ月程度。おそらく、癌だったんだね。
6月に帰省できていてよかった。その時はわずか一日だったけど、君の好きなことを全部できた。僕にとっての最後の思い出だった。
朝からの散歩。いつもの道。君は散歩がとても好きだった。家族で散歩をするのは私がほとんど。町内を30分程度回った。車をおっかける癖。拾い食いする癖。どんどん前に進むけど、私がしゃがみこむと必ず足元にくっつきにくる愛らしさ。
帰るときには普段と違う息をしていた。でも、頑張っていた。いつもと一緒の君を。
ゆっくり、膝の上でまったりしてくれた、その一日は奇跡だったんだね。
大好きなお風呂も一緒にはいって、綺麗になって、大好きなタオルでの引っ張りごっこもできたね。力はまだあった。少し安心していた僕がいた。
本当はダメだけど、君の好きなポテトチップスをあげたね。家族から怒られることもしばしば。食事は全然食べないって言ってたけど、たくさん食べてくれたね。消化ができないの辛かったね。
東京に帰る前に、少し元気な君を見て僕は錯覚させようとしていた。本当はもう君の死期が近いことは気づいていたんだ。
君は家族といっしょに横並びで眠ったその日を選んだんだね。最後まで苦しんだそぶりをみせず、まるで老衰のように家族の近くで旅立った君。
私は近くにいなかったけど、君が最期にこの家でその命を終えてくれたことに感謝します。家族は近くにいるべきだ。
おかえり、そして、今まで楽しい時間をたくさんありがとう。
天国に行く必要はない。当分、近くにいてもいいんだよ。子どもたちのそばにいてください。
昨日、家族みんなで君の写真をいっぱい作りました。
君は愛されてました。
君の穏やかで陽気な愛情深さを一生忘れない。
夢と命
「リンパ腫と肝不全を併発している。」
妻から、フレンチブルドックの様態について報告がある。
まだ2歳で、今年で3年目。
フレンチブルドックはなにかと病気が多い犬種であるが、あまりにも早すぎるし、突然すぎる。
「元気ないの?」
「今は元気だよ。少し瘦せたけど。」
今までの経験上、どうしても暗いことを思ってしまう。1~2日とても悲しく、ふさぎ込んだ。
ただし、まだ死んだわけではない。残りの残された期間を多く思い出を作っていこう。
私は市ヶ谷にある亀岡八幡宮へ参拝へ行った。
ここは犬の神社であり、絵馬にはたくさんの「願い」が書いてある。その内容を見ると、思わず涙がこぼれてくる。
私も絵馬に「できるだけ長く生きれるように」と書く。
3年の呪い。
3年ごとに悲しいことが起こる。これでもう、15年目だ。原因はわからない。たまたまにしては続いている。
「もうこれ以上奪わないで欲しい」
「はらいたまえ、きよめたまえ、かむながら、まもりたまえ、さきわえたまえ」
神様に何度もお願いをする。
私には夢がある。
しかし、その夢を達成した時に、大切な家族がいなければ、何も意味はない。
それなのに欲望による夢が命に対するココロを深い闇へといざなう。
そんな矛盾した答えのでない、とても悲しくも、死に慣れすぎた無感覚な雨の日曜日。
AI生成と心
「AIで分身を作るとしたら、誰を作る?」
最近、AIが急速に発達し、絵を書いたり、質問に答えたりしているが、間違いなく誰かの「考え」を学ばせれば、「誰かの分身」が生成可能だろう。
おそらく、ほとんどの人間が「自分の分身」をまずは手掛けるだろう。なぜなら、頭の中の考えをアウトプットすればいいからだ。
話は変わるのだが、自宅には「父親の日記」がある。多くは熊本地震後に家を建て替えるタイミングで捨てたのだが、父が私に宛てた内容の手紙や父の若いころの日記は全て残っている。
「死んだ両親や愛する人に会いたい」
そう願う人は世の中にたくさんいるはずだ。父の日記と私の父の記憶から、いずれか生成されたAIは、何を語るのだろうか?楽しみでもある。
「迷惑ばかりかけたけど、少しは大人になった。」
そう父のAIに伝えたとき、どう答えるだろうか?おそらく、私の想像しうる答えをくれるだろう。
これからの時代、自分の分身を作っておけば、自分の子どもたち、もしくはさらに先の未来の子孫たちに、「思想や心」を残せるかもしれない。
私はAIをうまく活用して、未来に心を残したいと、雨で少し肌寒い薄暗い空の先をみながら、コーヒーを飲む。
子どもと大人とバイアス
「父ちゃん!なんで人間って、酸素吸わないと死ぬの?」
という娘からの無邪気な問いに、「当たり前の答え」をしたあとに、こう答える。
「人間が酸素吸わないと死ぬっていうのは、地球だけの話であって、他の星の人間は窒素吸って生きてるかもよ。」
「へー!そうなんだ!地球だけの話だけなんだね。」
「もう!変なこと教えないで!すぐ学校で言うんだから!」
その後、いつもの妻からのツッコミ。
そして、この前同じことを会話の流れで、後輩に話した。答えはこうだ。
「規模が大きすぎて、理解できません。」
確かにそうだ。至ってまともだと思う。
ここで何を言いたいかというと、人間はいつのまにか強力な「確証バイアス」に支配されているということだ。
そして最もバイアスによって、差がでるのが「時間」だ。
「時間は、みんなに平等」
はたしてそうだろうか?そもそも時間は速度と重力によって物理的に違う。そこは正直どうすることもできないが、「心理的な時間の差」は人によって全く異なる。
「父ちゃん!ひま~!」
娘の口癖だ。おそらく私も小さいころ連呼していただろう。今はどうだ?
「忙しくて、時間が足りない!」
ここからは、たまたまこのつぶやきを見た方たちに考察して欲しい。
このやりとりが表している「時間」の概念と。強力なバイアスを。
世界の変化と変身
「YouTubeがしたい!」
と息子と娘が言ってきた。
「いいね!何をしたいの?」
「・・・うーん。ゲームとか?」
こんなやりとりが続いたが、私も中小企業診断士の内容を動画で来年から配信を予定していることもあり、乗り気である。
「なら、この模造紙にやりたいことを書いていこっか」
私は模造紙の真ん中に2人が考えたチャンネル名をまず書いた。そこを中心に2人に発散をさせる。
- アスレチックチャンネル
- 釣りチャンネル
- ゲームチャンネル
- お手伝いチャンネル
- フレンチブルドッグチャンネル
- 虫の観察チャンネル
- 家で遊ぶチャンネル
中小企業診断士で活用している「マインドマップ」。子どもたちの想像と好奇心は無限だ。自分たちで自主的に考えること。これを教えたい。売れるとか、売れないはどうでもいい。まずはやることだ。
機械関係はかなり高いが、投資と考えよう。リサーチしなくては。
今時代は本当に変化している。今までは勉強を一生懸命して、いい大学に行って、良い就職先に入って、定年まで勤めあげる。
もうそんな時代じゃない、のは明らかだ。だがしかし、今だに強力な思い込みが日本の社会全体を包んでいる。
だからこそ、チャンスかもしれない。この子達が大人になるときにYouTubeやネットで表現を慣れさせておくことが、どんな勉強よりも大事なのかもしれない。
大人になって、環境に合わせて変身するのは本当に大変だ。まさしく自分が痛感している。とても時間がかかるのだ。
新しい世界に新たな変身、子どもたちは自分たちで主体的に何をしたいかをできる限り後押ししたい。親が決めるんじゃない。自分で決めることのできる心を育てたい。
そんなことを考える、子どもたちが学校に行く道程で、姿が見えなくなるまで手を振る、風の冷たい爽やかな朝。
これからの時代についての考察
突然だが、「戦略」はなにも経営改善だけに用いるものではないと思う。
例えば「人生計画」でもそうだ。いつ結婚する?いつ子どもが独立する?家はいつ建てる?何歳で中小企業診断士を取得する?何歳で独立する?
自分を導く者は、自分の中にしかいないのだ。なにも計画どおりに進めろと言っている訳ではない。何かしらの羅針盤がないまま、航海していれば、沈没する可能性が極めて高くなるからだ。
しかし、これからの時代は沈没しないままの誰かに管理された自動航海もありえる。
「AI(知能)×機械化(労働量)÷人口」=「平等の中の不平等」
分母のインプットが小さくなるのに、分子のアウトプットが大きくなり生産性の効率化が実現されるが、それはなぜか平等の中の不平等を産出するのではないか?
今まで必要だった「労働力」が必要でなくなり、あらゆるアウトプットをAIや機械がする時代になれば、最低限の生活は彼ら(AI)が守ってくれる。だから、働かなくても単純に1世帯最低限の金額が平等に与えられ、生活は守られるかもしれない。
だが突き詰めていけば、リアルと非リアルとの境界線が極めてあいまいになり、人としての性(さが)は喪失されるかもしれない。
リアルでの労働力が必要なくなれば、人は何をもって付加価値を産むのだ?対抗する手段はAI(知能)にはないものだ。
IQ×経験(メモリー)=AI(知能)
経験(メモリー)には、「善悪の判断基準」が重要だ。それは人が人であり続けるための、「最後の砦」になると考える。
リアルでも、非リアルでもいい。「人間の失敗するというエラー」が人を人として繋ぎとめる。失敗する経験が唯一、善悪の価値基準を保ち、最後に「愛」を残すことができるのではないか。
最後に残るものは「愛(ai)」なのか「AI」なのか?
そんな、勝手な考察(非リアル)と自然を感じる日曜日の風の穏やかな朝(リアル)。
志【こころざし】
人の能力は残酷なくらい遺伝で決定されている。それは、スポーツの才能や美術、音楽の才能だけじゃない。ストレートに言えば「頭の良さ(IQ)」についても言える。
ただし社会的な倫理観から、「頭の良さ(IQ)」については語られない。人はみんな平等に機会を与えられるべきだからだ。そんな矛盾に悩んでいる人も多いのではないか?
私もそうだ。自分の能力に不満がある。今も何度も「挫折と失敗」を繰り返している。ただ、私は失敗も多いが、「行動も多い」、と思う。
「吉田松陰」。私の好きな人物の一人だ。戦略家である反面、計画性のない行動を起こす。この矛盾しているような行動が大好きだ。どんなに遺伝的に備わっている実力も、行動しなければ、なにも科学反応は起きない。
彼には「志」があった。そこに世間が作り出した先入観は必要ない。今の平和な日本があるのは彼の功績が大きいと思う。
天賦の才がないからこそ、数えきれないほどの「挫折と失敗」が「経験」となり、付加価値として積み重ねられる。そしてその思い「志」は誰かが継いでいき、形となる。
ただ、「志」だけは自分で見つけ出すしかない。
私の「志」は、この厳しい時代に小さな経営をしている人たちの、私の手の届く範囲の家族の幸せを守ることだ。私が、働きづめで早く逝った両親に育てられたように、一生懸命素直に生きる人たちの小さな幸せを守りたい。
思いやる心
東京生活の2年目が開始。残り1年となった。昨年は非常に忙しく残業の日々。今年は人も増え、落ち着くと思っていたが、ヘトヘトになった。
体力的な疲れは週末で癒えるのだが、今回は精神的な疲労も重なっており筆が進まない。理由としては極めて自己中心的な人間からの連絡があり、久々にキレてしまったからだろう。
40歳を超えると攻撃性が落ち着き、よほどのことがない限り冷静だ。
だから正直に言えば、そこでキレてしまったのは、その人間だけでなく、積もり積もったものがそこで爆発したと言える。
私には3つの嫌いな人間がいる。
- 理不尽な人間
- 自己中心的な人間
- 擦れている人間
「理不尽な人間」は特に目上や役職の上のものに多い。特に頭の良い人間に多い。
「自己中心的な人間」は自分の欲求を達成するために、正論でマウントを取ろうとする人間が多い。しかしながら、結局自分の立場のことしか言ってない。
「擦れている人間」はたくさんいる。これは他人を羨む自己肯定感の低い人間に多い。
このタイプの人間たちが嫌いな最大の理由は「相手の気持ちの察知能力」が極めて低いことだ。
「理不尽な人間」「自己中心的な人間」は、もっと失敗や恥をかく経験をして欲しい。
「擦れている人間」は誰しも陥る。自分が幸せでなければ他人に構っている暇はない。ただ、その中でも必死に笑顔で生きている儚い人間が私は好きだ。
「相手がどんな気持ちになるのか?」。相手を思いやる心をもてば、道理で動かなければならないことも必要なことが分かるだろう。
私はきれいごとが好きだ。そんな生き方をして、騙されたり、疲弊したり、儚く散っても。そんなふうに必死に生きる人間が好きだ。小さな幸せで足りる。そんな心の美しい人でありたい。
不思議な話
みなさんは「デジャヴの経験」はあるだろうか?
先週、足を悪くしたので初台という近くの駅の整形外科に行ったのだが、そこの事務員の対応が悪く、頭にきた。
その瞬間、その場所の記憶が頭の中にフィードバックして、以前「キレた」経験をし、非常に気まずくなったことを思い出し、感情を抑えた。
しかし私はめったにキレないし、そもそも病院でキレた経験などない。「夢」でみたのだ。
不思議な話だが、よく夢で見た場所や場面が、特定の場所や場面でフィードバックする。「ここに来たことがある」や「こんなやりとりがあった」を経験することがある。
たまに思うのだが、その現象が「プログラムされた人生」でないかの疑問だ。
こんな話を急にすると、頭のおかしい人間と思われるかもしれないが、「脳だけでプログラムされた人生を歩んでいく人間」もあながち非現実的なことではない時代が来るかもしれないし、既にそうなっている可能性は0とは言い切れない気がする。
「たつき涼」さんの「私が見た未来」もそうだが、予知夢ではなく、「プログラムされた人生を繰り返している」なら、未来を言い当てることも可能性としてありえない訳ではない。
私は「夢」を「夢と認識できる」ことが多い。夢を夢と認識したら、どんな怖いモンスターや幽霊でも倒すことができる。人の脳は不思議だ。
「あなたが見ている世界はプログラムされた、あなただけの世界線ではないですか?」
そう認識すれば、世界は夢を認識するかのごとく、自分の力でいつでも改変できるのかもしれない。
そんなバカげた思い付きを書いて、動かない足を呪う昼前の空腹な時間。
東京生活と地元の友人との会話
今日は2023年の3月21日(春分の日)。東京に来て、1年半が経とうとしている。
私の住む杉並区は閑静な住宅街で過ごしやすく、周りは静かだ。
今年の目標は「富士山登頂」なのだが、疲労から右足を怪我しており先週まで「松葉づえ生活」であった。40歳を過ぎた肉体は運動するにも知恵や道具が必要なのだと最近つくづく思う。
最近のもっぱらの楽しみは「東京10社巡り」と「読書」。「東京10社」を巡り、10枚の「ミニ絵馬」を集めることで、1枚の「大きな絵馬」が完成する。東京にいる時にしかできない経験だ。
「読書」にもこだわりがあって、「八重洲ブックセンター」という本屋のファンだ。ここのディスプレイが非常に良く、興味のある本が手に取りやすい。
ところで、最近連絡の取れなかった20年以上の付き合いの友人から連絡がある。
「私は、なぜ生かされているのだろうか?」
「生きる意味はなんなんですか?」
彼は小さいころに大好きだった母親と弟を亡くし、父との生活だったが、反りが合わず、ずっと悩み続けている。また、軽度の発達障害ということが5、6年前分かったようだ。
私は彼にこのように回答した。
「生きる意味はない」
「え?」
「人間が生きる意味、花も虫も鳥もペットも死んでしまいば忘れ去れるだけ。生きることや世界に特に意味はない。」
「・・・そうなのかな。」
「でも、今日久々にあなたが連絡をくれて、ほっとしているし、あなたが生きてて安心した。」
「生きる意味とかにはあまり期待はしないけど、あなたがいる世界は素晴らしいと思う。」
「ありがとうございます。」
彼とは今度のゴールデンウィークの連休に地元で飲む約束をした。
「町もいろいろ変わってるよ」
と彼が言う。物質的なものは目まぐるしく変わっていく。
お互いに2人が出会える機会は変わらないで欲しいと、まだ少し寒さの残る風を感じながら、空を見上げていた。